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「本当にこの選択は正しいのか、これで良いのか」なんて、何百回、何千回、何万回と考えた

by AIKO

みんなの「おかえり」が温かった

気がつけば2018年。もうすぐ3月。でも、まだまだこの街は寒い。春はまだまだ遠い。

12年前の2月の今ごろ。「転勤することになった」の父の一言で、私は北海道から大阪に引っ越した。当時、中学2年生。絶望だった。絶望ってこういうことなんだってそのとき思った。

新千歳空港の滑走路を眺めながら、「飛行機なんて飛ばなければいいのに」って思った。自分にはどうにもできない、もどかしい気持ちを抱きながら、関空に降り立ち、新居の最寄りの駅を降りた瞬間、満開の桜が出迎えてくれた。

「桜って3月に咲くんだ…」

あの時の満開の桜が今も鮮明に目に焼きついている。数時間前まであたり一面、真っ白の銀世界だったのに、もうピンク色の花が咲いていることにとてもびっくりした。GWに花が咲き、桜とあじさいは一緒に咲く。梅雨は無くて、夏と秋は短く、冬は長い。そんな世界にずっと住んでいた。

大阪には4年間住んでいた。最初は慣れない関西弁を聞き取るのも難しく、人と話すのが嫌になった。有り難いことにいじめられはしなかったが、独特な関西のノリも辛かった。学校に行きたくなかった。友だちなんていらないって思った。

北海道に住んでいたときは、お盆とお正月も部活に明け暮れていた。秋の大会で優勝し、チームのエースとして最後の夏にかけていた。最後の夏しか見えていなかった。それが、転校と同時に何もかもなくなり、いきなり空っぽになった。友だちもいない。辛かった。調子に乗っていた私に天罰が下ったんだ。

「外が明るいうちに家に帰るのなんていつ振りだろう……」大阪の田舎の田んぼ道をひとりでとぼとぼと歩きながら、涙が止まらなかった。毎晩、ひとりでベッドの中で泣いた。

そのまま大阪の高校に進学し、本当は大学進学と同時に札幌に帰りたかった。でも、帰れなかった。

高校卒業と同時に、上京した。東京でひとり暮らしをはじめた。東京は楽しかった。東京にしかないものがたくさんあった。でも、どんどん疲れていった。息苦しかった。大学はつまらなかった。

長期の休みのたびに札幌に帰って、友だちの家で死んだように寝てた。心許せる友だちと過ごす時間は心地良かった。安心感に包まれた。ずっとこのままここにいれたらどんなに楽なんだろうって思った。でも、まだ札幌には帰れないって思った。

それからしばらく、札幌にエネルギーをチャージしに帰り、また東京で頑張るということが、数年続いた。

結局、東京の大学を途中で辞め、東京から脱出するために留学した。海外もとても楽しかった。しかし、北海道の外の世界を見せてくれた親には感謝しつつ、恨む気持ちは消えなかった。ずっと札幌に住んでたら私の人生どうなっていたんだろう。幸せだったかな?好きだった人と結婚できてたかな?

そして、今年、また札幌市民になった。やっと、札幌に帰ってきた。

そーーんな、12年間でした。簡単に言うと。今は大阪も大好きで、独特な関西のノリも大好き。大阪の友だちとは、今も週一で電話をしている。

「北海道でおさまらない人間だと思ってたのによく帰ってきたね」「本当にこれで良かったの?」って、友だちに聞かれた。私の友だちは、私のことを過大評価しすぎだ。

でも、みんなの「おかえり」の一言が嬉しかった。「本当にこの選択は正しいのか、これで良いのか」なんて、帰ってくる前に何百回、何千回、何万回と考えた。

これで良かったのだ。

私にはこの街で成し遂げたいことがある。それには水も肥料もたくさん必要で、芽が出るのにあと何年かかるかわからない。いつ花が咲くかもわからないし、途中で枯れてしまうかもしれない。でも、今は水と肥料を根気よくやり続けて、いつかはあの満開の桜みたいにきれいな花が咲くことを信じている。

そして、年を取ったら星がきれいな北海道の田舎でパン屋を開いて、幸せに暮らしたい。


AIKO
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